搾乳が原因だったドケルバン病

ドケルバン病

両手ともドケルバン病の症状

産後6カ月のお母さんに、ご来院いただきました。

両手とも、手を動かすだけで、親指の付け根が痛くなり、整形外科を受診したところ、ドケルバン病と診断され、治療は近所の整骨院に通っていたそうですが、あまり回復しないので、当院にご来院いただきました。

お仕事は、介護師として働いていますが、出産を契機に産休をとっているとのことです。

介護のお仕事でも十分、ドケルバン病は発症しますが、産休をとって育児に専念しているのですから、原因は育児の動作、作業にあることが、思い浮かびます。

赤ちゃんを抱っこするだけで、指・手の筋肉には多大な負荷がかかります。それも毎日、24時間、休みなくです。

ドケルバン病と診断されているので、確認のためフィンケルシュタイン・テストを行ってみます。

やはり、フィンケルシュタイン・テストは陽性です。右手も左手も。特に左手の方に痛みが強くでます。

ドケルバン病の原因

ドケルバン病の原因は、一言でいってしまいますと、指・手の使い過ぎです。

私が「はり・きゅう」学校で学んだ教科書には、次のように書かれています。

手関節橈側の橈骨茎状突起部における狭窄性腱鞘炎であり、この部を通る短母指伸筋と長母指外転筋を使い過ぎたために機械的炎症を起こしたものである。

(社団法人 東洋療法学校協会編「臨床医学各論」:医歯薬出版:P145)

この記述に異議を唱えます。痛みを出している短母指伸筋と長母指外転筋は、親指をパーする筋肉、伸ばす筋肉です。

けれども、指・手の筋肉の働きは、グーする動作、握る動作が圧倒的に多いわけです。ですから、短母指伸筋と長母指外転筋の使い過ぎのケースは、まれで、思い浮かぶのは、飲食店でトレーを手のひらで持って給仕するウエイターさん、ウエイトレスさんではなかろうか。ドケルバン病の原因が、パーのしすぎ、使い過ぎ、とは、考えにくいと思われます。

痛みを出している短母指伸筋と長母指外転筋に湿布を貼ったり、電気治療を施してもあまり効果がでないのは、短母指伸筋と長母指外転筋が痛みを出している原因の筋肉ではないからです。

パーする筋肉ではなく、グーする動作、握る動作で、指・手を曲げる筋肉、親指を曲げる筋肉である長母指屈筋、2指~5指を曲げる筋肉である、浅指屈筋と深指屈筋にコリ・ファシアができることで、指・手全体の筋肉の動きのバランスが崩れ、これら屈筋群が筋連結を通じて短母指伸筋と長母指外転筋に影響を与え、痛みをだしている、と考えます。

このような考え方、「ドケルバン病は、実は屈筋群のコリ・ファシアが原因なのだ」、と、いうことに気づいてから、せんぼくバランス治療院のドケルバン病の治癒率は、飛躍的に高くなりました。

出産後のお母さんのドケルバン病の施術

以上のような考え方を踏まえて、産後6カ月のお母さまの施術に入ります。

ドケルバン病の原因となっている筋肉は、「屈筋群だ」、と、確信しておりますから、長母指屈筋・浅指屈筋・深指屈筋を触診し、筋肉のコリ・ファシアを確認、筋膜リリースを行います。

筋膜リリースを施すたびに、必ず、フィンケルシュタイン・テストを行い、その効果を確認します。

これまでにも、産後のお母さまのドケルバン病の施術には携わってきました。その原因は、赤ちゃんを抱っこする姿勢が続きすぎたことでした。この方にも、抱っこを想定して、その動作にかかわる筋肉のコリ・ファシアを触診して、筋膜リリースを施したのですが、思い描くようにはフィンケルシュタイン・テストの痛みが軽減しません。

どうやら、これまで経験してきたドケルバン病とは、また、ちがうタイプのドケルバン病の可能性がありそうです。

もう一度、素直な気持ちで、手の形を視診してみます。

この方は、左手の方が特に痛みが強いのですが、左手の親指が内側に、すぼまって見えます。(これは右手です)

親指を曲げたり、伸ばしたりしてみますと、何かしらスムーズさがありません。指がカクカクする感じが伝わってきます。これは、親指を内側に寄せる動作に何か原因があるのかもしれない、と、考え、この方に、「こんな指の使い方(母指の内転・対立)はしませんでしたか」と、聞いてみます。

親指で物をつまむ動作です。

すると、「産後から、助産婦さんに教えてもらいながら、搾乳(さくにゅう)をしていたのですが、なかなか上手くいかず、余計な力が入り、手が疲れて重だるい感じがありました」と、話してくれました。右手でも左手でも、交互に、搾乳をしていました。

どうやら、搾乳する時に作動する筋肉を使いすぎたことで、その筋肉にコリ・ファシアができたことが原因に違いありません。

物をつまむ動作は、母指の内転と母指の対立との複合動作といえます。この動作は、短母指屈筋・母指対立筋・母指内転筋です。

これらの筋肉群の起始(はじまり)と停止(おわり)を意識しながら、触診していきます。すると、やはり、母指内転筋の起始部にコリ・ファシアを確認できましたので、筋膜リリースを行います。

そして、フィンケルシュタイン・テストで痛みが軽減しているかどうかを確認します。

正解です。うれしいことにフィンケルシュタイン・テストでの痛みが、明らかに軽減しています。

ドケルバン病の痛みを出している筋肉のコリ・ファシアを特定できれば、あとは、そのコリ・ファシアを筋膜リリースすれば、このドケルバン病は完治します。

この方に触診して見つけることができた、コリ・ファシアのポジションを教え、自分でできる筋膜リリースの方法を指導します。あとは、搾乳が終わるたびに、こまめに筋膜リリースを行えば、徐々に回復していくに違いありません。

搾乳が原因のドケルバン病の解剖学的解説

ドケルバン病の原因は、指・手の屈筋群であることは、すでに述べました。特に「深指屈筋」にできたコリ・ファシアが原因となっていることが多いものです。これども、この方のドケルバン病は、深指屈筋のコリ・ファシアの筋膜リリースだけでは、上手くいかず、母指内転筋、母指対立筋のコリ・ファシアにアプローチすることで、問題を解決することができました。

深指屈筋が原因のドケルバン病であれば、筋連結を通して、長母指外転筋、長母指伸筋とつながりますから、深指屈筋にできたコリ・ファシアが長母指外転筋、長母指伸筋の走行の軌道を乱して、手首の「嗅ぎタバコ入れ」の部位に炎症をおこしてしまい、痛みをだす、と考えることができます。

けれども、母指内転筋、母指対立筋は深指屈筋とも長母指外転筋、長母指伸筋とも筋連結はありません。それでは、この現象をどのように理解したらよいのでしょうか。

母指内転筋、母指対立筋は物をつまむ動作、親指をすぼめる動作になります。

この写真が、母指を内転させている動作ですが、この動作をすると、長母指外転筋と短母指伸筋の腱が内側に動くことがわかります。

母指内転筋と母指対立筋を搾乳の際に使いすぎたために、この二つの筋肉にコリ・ファシアができてしまい、この二つの筋肉は内転方向、対立方向に変位、ポジションを移動させてしまった。それにつれて、手の甲側の長母指外転筋と短母指伸筋の腱が内転方向にズレて、その動作が頻繁に行われることから、ズレたままのポジションになってしまい、長母指外転筋と短母指伸筋の腱と鞘が摩擦をおこし、炎症、痛みを出すようになったのだ、と、考えます。

母指内転筋と母指対立筋にできたコリ・ファシアが親指全体を内転方向、対立方向に引っ張ってしまい、それに引きずられて、長母指外転筋と短母指伸筋の腱も内転方向、対立方向にズレてしまったということです。

ですから、母指内転筋と母指対立筋にできたコリ・ファシアを筋膜リリースすることで、この二つの筋肉に発生した牽引力・張力を解消してあげれば、その結果として、手の甲側の長母指外転筋と短母指伸筋の腱の走行の軌道が、正しい軌道に戻り、嗅ぎタバコ入れの部位の痛みは解消される、というメカニズムです。

搾乳が原因のドケルバン病のまとめ

この方は、ドケルバン病を両方の手に発症しており、特に左手の方が症状が重く、完治するまでには、それなりの時間を要するにちがいない、と、思われたのですが、わずか3回の施術で、あとは、自力で完治されました。

母指内転筋と母指対立筋、また深指屈筋のコリ・ファシアのポジションを教え、さらに筋膜リリースの方法を指導したわけですが、そのことを繰り返し、しっかり施したことで、これほどの短期間で完治することができたのだと確信しております。

腱鞘炎はドケルバン病だけではなく、ばね指でも、指・手にできたコリ・ファシアを見つけることさえできれば、自分で治すことができる、という好例となりました。

「運動系の歪みは自分で治せるのである」
(橋本敬三著「生体の歪みを正す」:創元社 P12)